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思考のごみばこ

ゴミはゴミ箱に、思考はインターネットの海に

中村うさぎの降板で思ったこと

私はそんなにTVっ子でもないし、5時に夢中も割りと最近録画視聴するようになったにわかです。

でも、中村うさぎの降板劇がなぜかすごく気になって、思うところがあったので書いてみようかなって。

この仄暗い水の底(と書いてブログと読む)から・・・

 

中村うさぎの文章を始めて読んだのはいつだっただろう。

両親が週刊文春をよく買ってきていたので、そこでの連載だったと思います。

買い物にはまり、ホストにはまり。

ぶっとんだ人だ、という印象。

その後、エッセイなども読んだりして、そのぶっとび加減に好感をおぼえていました。

 

にわかなのですが、5時に夢中は前からYouTubeで観たりしていたので、

中村うさぎは本当に鋭くて面白いなぁと思っていました。

ちょっとラディカル過ぎて、賛成できないと感じることも多かったですけども。

 

今回の降板騒動で、報道、ふかわりょうのブログをのぞいてみたりして思ったのは、

中村うさぎは繊細で、真面目なんだなぁということ・・・

 

毒舌で、ある種開き直った生き方をしてるように見える人って、

繊細で、まっすぐでもあるのかなと思います。

 

だいたい、自分の意見で人を笑わせたり、うならせたりするっていうのは、

「闇」をある程度抱えてないと難しいんじゃないかな。

闇に向き合って、自分の心の襞に触れて、「本質」の欠片がわかっていくのかも。

ある程度不幸じゃないと、思考って停止すると思うので。

幸せなときって、「考える」ことが少ない。

過去現在にかかわらず「不幸」、業のようなものを抱えた人は、事象の隙間を読み取ることが上手になっていく気がします。

マツコ・デラックスや、有吉もそうだと思う。

 

現在がよくても、過去にあった不幸なことって、消えないからね。

痕は残ると思う。薄〜くはなるけど、触れば他の肌と少し感触が違うのがわかる感じ。

そういう傷痕を持った人の意見は、本質的で、面白いのです。

 

降板騒動の事実はよくわかんないです。

だけども、当事者がいない場面でのその人への発言ってのは、

他人が伝えていいもんじゃないんだなってのは痛感。

私も似たようなトラブルが過去にあったけども、そしてここまではこじれなかったけども、

関わった全員に不信感は抱いたので。

 

人間関係って、何歳になっても、どんだけ経験を積んだように思えても、

難しいなと思います・・・。

私も昔よりは少し器用になってきたかなとは思いますが、まだまだです。

 

器用になった、で思い出した。

 

あんまり関係ないけれども、先日辞めた職場ですごくよくしてくれたおばちゃまがいて。

席が隣だったので、いろいろなことをお聞きして、世間話させていただいてました。

で、数ヶ月経った頃。

そのおばちゃま、私の古くからの友人と知り合いだったことが判明!!!

すごい偶然です。

そこそこの人数がいる職場で、たまたま隣になって、仲良くさせていただいていて。

そのおばちゃまが私の友人に、

「挨拶がすごいよくて、いい子よ〜」って私のことを言っていたらしいのです。

私の友人は、私の狂犬・キレるナイフの時代の印象が強いので、驚いたみたい。

 

おい

アラサーだぞ!!!

仕事場だぞ!!!

さすがにもう闘犬は引退、今はパグぐらいのもんじゃい!!!

バターナイフじゃい!!!

 

 

ありがとうございました。